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私たちのジレンマ(2)−私の国際交流(その10−2)

 東京電機大学 教授 片山 恒雄


レスポンス(4)- Elizabeth Hausler (Build Change)

 “Build Change”は、途上国に耐震性のある家屋を普及し、そのような家屋が建てられるように現場の建設労務者、家のオーナー、エンジニアや政府関係者を教育することを目的とする非営利法人である。本部はニューヨークにあり、スタッフは60人、Elizabeth Hausler は、その団体の理事長である。2004年インドネシア津波後のアチェの再建計画には確かに問題がある、だがこれを根絶するには長い時間がかかる。当面、パイロットプロジェクトや、建設労務者の教育、マニュアルづくりなどを進める必要があるとした上で、

アチェにおける経験から、災害後に関係してくる国際機関、資金援助団体、政府などと 良好な関係を保とうとすると、ある程度の妥協は避けられない。じっさい、アチェの復 興計画に携わる段階で、メジャーな資金援助団体や国際機関から、耐震設計や施工の優 先度はいちばん低いと言われた。地域の自治体の腐敗をなくすためには、これら国際機 関が率先して良い例を示さなければならない。2001年のインド・グジャラート地震の後、 支援団体がつくった家屋の耐震性を確保するため、毎月レポートを提出させたところ、 各機関が本気で耐震性のある復興家屋の建設に取り組んだ例もある。WSSIのような機関 が、そのための第三者評価を行えないものか。ただし、このためには、かなりの資金が必要である。このような外部評価を行えば、どの機関に援助すべきかを決める助けになる。ホームオーナーに対する資金援助も、それぞれの施工段階で必要な耐震性のレベルを満たしていることを確認したうえで、数回に分割して行うべきだ。

と書いている。Elizabethは、自分のことをアカデミック・グループの1人だと認めており、彼女の意見にはいかにも学者らしい部分があることは否めない。しかし、このような行動派の研究者はわが国にはきわめて少ない。

 Ben はこれにすぐ答えて、腐敗の根絶と同時に、いままでやって来たような対策が必要なのは当然のこと、いくつかの違った道を同時に取らねばならない。問題は、WSSIのような研究者の集まりが、腐敗の根絶を本気で取り上げていないことだ、とまた厳しい。

レスポンス(5)- Andrew Whittaker

 Andrew Whittakerはニューヨーク州立大学バッファロー校の教授で地震工学を教えている。Andrew は、Shahの問いかけにこう答えた(12 June 2008)。

  • 地震リスクを軽減しようとするわれわれのモデルは効果をあげていない。モデルそ のものより実用化のスケールのせいかもしれない。パイロットプログラムは、ふつ う復興が成功したと理解され、また、同じ地域にはしばらく大きな震災は起こらない。
  • Root cause がわかっているとは思えない。災害はくり返し起こるが、まったく同じ 場所を襲うことは無い。国際機関等の援助もあって被災した場所における減災対策は大幅に進むが、これは他の地域の参考にはならない。
  • 必要とあらば、これまでのやり方を変えることにやぶさかではない。しかし、根本 的に変えるために必要な理由、戦略があるだろうか。

実際に実用化に結び付けるには、サクセス・ストーリーが必要だ。中国の場合、学校建物の安全に焦点を合わせるのがよい。今後10年間に、地震危険度の高い地域における学校建物10棟あたり1棟を耐震化する。WSSIのような機関が、中国の専門家と協力して、耐震性の高い学校建物のモデルを提供する。また、中国ではすでに免震装置が生産されており、低層の学校建物への導入が考えられる。いずれにせよ、効果的なデモンストレーションプロジェクトが必要だ。

レスポンス(6)- Zifa Wang

 四川地震の発生当時、ハルビンの工程力学研究所の所長を務めていた Zifa Wang (現在は米国在住、危機管理関連会社勤務)は、被害調査などで多忙を極めた。Zifa による被害原因のまとめは、ある意味で極めて具体的である。

  • 地方には設計基準がなかった。
  • 古い建物は工学的に設計されていても十分な耐震強度を持たなかった。
  • 地滑り、岩石なだれが大規模に起こり、それらに伴ってできた湖が交通機関等を破 壊した。
  • 施工の質が不十分で、設計基準が守られていなかった(この点に関しては、現在検 討中で、結論は出ていない。)。

「この地震に関して調査などをしたいときにはトップレベルの政府機関からアプローチするのがよい。ご存知のように、最終の決定は研究所や大学のような低いレベルではなされない」という、Zifa のコメントは正直である。

レスポンス(7)- もう一度 Elizabeth

 Root cause を理解することに関しても、正しい戦略を見つけて現場で応用することに関しても、私たちは進歩しつつある。ゼロからやり直す必要はない。私たちがアチェで行った個人住宅の再建プロジェクトでも、成功例もあれば失敗例もあった。大切なことは、成功も失敗も含めて、関係した機関が情報を共有することだ。私たちは、2007年3月西スマトラを襲った2つの地震で被災した地域で267戸の個人住宅の再建に携わっているが、これらのうち210棟は最低レベルの耐震基準はクリアしている。この場合、各家庭は、政府からのわずかな支援金のほかは自己資金で家屋を再建している。耐震性の重要性とその確保の方法をきちんと教育することで、”Build Change” が可能であることを示していると思う。私たちが、現場を去った後いつまで続くかに疑問は残るが。

 地域、地域でサステナブルな手法がキーとなる。成功した例に耳を傾け、パイロットプロジェクトを実施してみて、うまくいく部分、いかない部分を見つけて調整を繰り返す。技術的、経済的、社会・政治的な側面から災害を見ることが重要だが、3組のメガネを同時にかけたらめまいがするだけ。そろそろ、経済的に見るメガネをかける時が来たのではないか。それによって、設計と施工を改良するためのやる気が出てくる。

まとめにもならないまとめ

 Shah が、いくつものレスポンスに答える形のまとめを書いているが、結局、いかに真剣に考える人たちが集まろうが、議論の結果得られるショッピングリストはいつも似たようなものになる。「資金不足ばかりが指摘されるが、逆に、資金は無限にあるとしたら、やるべきことは決まるのだろうか」という、Elizabeth Hausler の問いかけがかえって新鮮である。

 Haresh Shah は、ディスカッションに参加した人たちとのやりとりをまとめるにあたり、出典は不明だが、最近こんな言い回しを耳にしたとして引用している。

First, experts had plans
Then they had strategic plans
Now they have visions
We are only one step away from hallucinations.

雰囲気だけを訳させてもらえば、次のようになろうか。

専門家といわれる人たちは、プランはある、
戦略もある、
今やビジョンも持っていると言うが、
私たちはまだ幻想からほんの一歩離れたところにいるだけ。

問題の解決には時間がかかる。先進国は先進国で、経済的損失という大問題を抱えたままだ。災害に伴うすべての問題を一発でしとめる方法は無い。寺山修司の「書を捨てよ町へ出よう」 ではないが、研究という虚構から出て、途上国の問題の解決を一緒に考える研究者がもっと出てくることを期待したい。時間はあっという間に経つ。私は少し年をとりすぎた。(その10の終わり)


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