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2009年イタリア・ラクイラ地震に関連した科学技術者に対する有罪判決について(学会声明)

平成24年11月1日

2009年イタリア・ラクイラ地震に関連した科学技術者に対する有罪判決について(声明)

一般社団法人日本地震工学会
会長 川島一彦

2009年4月6日にイタリアで発生したラクイラ地震(Mw6.3)では、死者309人、負傷者1500人にのぼる大きな被害が生じました。地震によってかけがえのない家族や友人を亡くされた被災者の方々には、衷心よりお悔やみ申しあげます。


本地震に関連して、地震情報の分析と情報の伝達が慎重に行われなかったとして6名の地震学者、地震工学者と1名の政府関係者が過失致死罪を問われていた裁判で、2012年10月22日にイタリアの裁判所は被告側の過失を認め、7人全員に禁錮6年の実刑判決、加えて公職の永久追放と地震被災者に対する損害賠償の支払いを命じました。

判決理由はまだ開示されていませんが、ラクイラ市周辺では2008年10月頃から群発地震が続き、これが将来大きな地震の発生につながるのではないかとの懸念が市民に広がっていました。このため、イタリア政府のNational Department of Civil Protection(以下、国家市民保護局)は地震学者、地震工学者などの専門家から構成された臨時のNational Committee of Major Risks(以下、国家大災害委員会)を2009年3月31日に招集し、地震の発生状況を検討させました。

検討の結果、国家大災害委員会は、「近く大きな地震が起きる可能性は低い」という見解をまとめましたが、これが安全宣言とも受け止められる情報として市民に伝達され、29人の市民が自宅から避難せずに死亡したことを罪に問われていたものです。判決では、「国家大災害委員会が地震の予知ができなかった責任を問うているのではなく、地震情報の分析と情報の伝達が慎重に行われなかったことが過失にあたる」、「安全宣言を出し、大規模地震のリスクを正しく伝えなかったことが過失にあたる」とされています。

しかしながら、日本地震工学会はこの判決は不当なものであると考えます。この理由は、国家大災害委員会に参加した関係者に地震被害の責任を転嫁し、本来、地震災害対策に責任を持つべきであった国家市民保護局やラクイラ市当局の責任を見逃していると考えるためであります。

本裁判に関しては、以下の問題があると考えられます。
1)国家市民保護局やラクイラ市当局と国家大災害委員会の役割、権限、責任
2)国家大災害委員会による地震評価の妥当性
3)国家大災害委員会の評価結果の市民への伝達方法

第1項は、国家大災害委員会の役割です。報道によると、2009年3月31日に開催された国家大災害委員会の役割は、群発地震の推移を科学的に評価し、その結果を国家市民保護局に答申することにあったといわれています。それを受けて、国家市民保護局及びラクイラ市当局は、市民の安全確保を図るために、その時点で可能な対策を判断し、実施すべき責任と権限を持っていたはずです。ラクイラ市では耐震性の低い古いれんが造建物が多数存在することから、危険性の判断、市民への避難勧告や避難指示、注意喚起の呼びかけ等、国家市民保護局やラクイラ市の行政担当者の判断、対応がきわめて重要でありました。

第2項は、国家大災害委員会による群発地震の評価結果の妥当性です。国家大災害委員会の議事録によると、委員会では、「強い地震の再現期間は長く、断定はできないが、1703年のような大きな地震が近いうちに発生することは考えにくい」、「時期の予測は困難であるが、当該地域は地震発生危険度の高い地域である」、「小さな群発地震が大きな地震につながらないとは言えないが、前兆とは断言できない」などの慎重な議論が行われています。委員会の専門家が科学的な根拠もなく、安易な意見を述べたのではないことは明らかです。

こうした議論を踏まえ、国家大災害委員会では「現状では地震予知はできず、継続して注意を払っていく必要がある」としながらも、「近いうちに大きな地震が発生する可能性は低い」という見解に至ったといわれています。地震発生を評価する一般的な統計方法に基づく見解であり、2009年4月6日の地震発生前に、大きな地震の発生可能性が低いと判断したことに、明らかな間違いや過失があったとは考えられません。

なお、確率が低いと判断されたにもかかわらず、結果としては懸念された大きな地震が発生してしまいました。現状の地震学の不十分さに対する苦い経験となったわけでありますが、これを今後の科学的知識の向上に活かしていくことが重要です。地震学者はなぜ予測がはずれたのか、また、地震工学者はどうすれば被害が軽減できたのかという、現状の科学や技術の未熟さに対する反省を踏まえ、真摯かつ誠実に事実に向き合っていかなればならないと考えられます。地震学者や地震工学者は、今回の教訓を将来の発展に結びつけていく責任があります。

第3項は、国家大災害委員会での評価結果を受け取った国家市民保護局並びにラクイラ市当局が、どのようにこれを市民に伝えたかです。国家大災害委員会では「近いうちに大きな地震が発生する可能性は低い」という見解でしたが、これが「市民の皆さん、ご安心ください。国家大災害委員会は大きな地震は起らないと判定しました」という不正確で、安全宣言と受け取ることができる表現で市民に報道されたといわれています。専門家と行政、市民をつなぐリスクコミュニケーションに問題があったようです。国家大災害委員会の議事録など正確な情報とセットで公表すべきであったと考えられます。

国家大災害委員会においては、「地震に対する唯一の被害防止策は構造物を強化し、地震への耐震性を高めることである。市民保護のためにとるべきもう1つの重要な方策は、地震後に緊急の危機対応できるように準備しておくことである」という点も議論されています。地震に対する安全性の高いコミュニティー造りは、短期的な地震発生の予測に頼るのではなく、脆弱な構造物の強化などの耐震対策、発生後の緊急救援対応などが一体的に機能するようにして、初めて可能になると考えられます。古い時代に建設された脆弱なれんが造建物が多数存在するラクイラ市では特にこのことが重要であったはずです。地震発生前に、ラクイラ市の脆弱性について、専門家、行政、建物のオーナー、そして市民の間で地震リスクに関する情報が共有されていなかったことが、今回の悲劇を生んだ原因だと考えられます。

以上の理由により、科学的に正当な地震評価を行った6名の地震学者、地震工学者に対する有罪判決に対して、日本地震工学会は強い懸念を表明するものです。

引用
Major Risks Committee Minutes, L’Aquila, 31st March 2009:
      http://www.seis.nagoya-u.ac.jp/yamaoka/iweb/NU-site/LAquila_files/cgr-english.pdf
Scientists on Trial: At faults?, Nature News: 
      http://www.nature.com/news/2011/110914/full/477264a.html
Italian court finds seismologists guilty of manslaughter, Nature News:
      http://www.nature.com/news/italian-court-finds-seismologists-guilty-of-manslaughter-1.11640
NHK「訴えられた科学者たち:イタリア;地震予知の波紋」
      http://www.nhk.or.jp/documentary/1208.html

以上

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